いい歌を歌う。

心に決めて歌ってる歌声。

刺激されてなかったところを刺激されるような。

んー、ないならないでもやれるのでは、と思ってたんだが。

だから、そのまま書いていこう。笑えるくらい保守的な話だ。

まずお金の問題。

元々からの赤字スタート。
上京時のキャッシングの返済が完済してなかった。

さらにキャッシングは重なった。

徐々に余裕がなくなっていった。
どちらかといえばメンタル的な余裕だ。

しかもバツの悪いことに、この追い込まれた時に出てくる集中力。
歌声、練習を秒単位でなんとかしようとする意識。
追い込んだからこその巧妙。

自分でもこんな歌声、安定感を持つのかと驚いた。
これがただ歌いなれたことによるものと思いたいが、元の生活に戻したら戻したで、その切迫感がなくなり、どうにも歌声が緩くなった印象。
いや、前よりは良くなってるんだが、こう、集中力が減ってる。

だからといって苦しい状態でやれってのも酷な気もするが、その環境だから出る一粒の真珠のような声は、のんとかならんでもなんとかなるってのと、なんとかならんかったらなんともならんの時とは違う。

まぁ考えすぎで、その時の感覚は一度通ったから、呼び覚ますか、普通でそういうことが可能な状態にはしたい。
、、しばらく時間を空けるつもりだったがあの路上を聞いてしまったらダメだ。
路上を普段でもやってる駅を最寄駅に選んだが、揺り動かされてしまった。
音楽をする動物の悲しいサガとも言える。
落ち着こうと夜ご飯にラーメン屋入ったらアジカンの好きな曲流れるし。
耳栓でもなければ巷にいるだけで音楽が入ってくる。

しかしこう、音楽でないと刺激されない脳の部位ってのがあると思うんですよ。
脳のてっぺんの少し左あたり、普段反応しないところがじわーっとなるんですよ。
これって自分が歌うときもよく歌えてたらなるんですけど。

まさにそれだったもんだから、置いておいたものが呼び起こされてしまった。
いやもう、単純に中毒者の症状である。

やめる気自体はないし、もはや生理現象レベルで切り離せない。
鼓膜でもなくならない限り無理ぽ。

しかし、極限に追い込んだ時のを知ってしまったのは、良くも悪くも、えぐい。
あのレベルになると余裕で身の回りが心配する。
し、リアルな意味で生命を削る。

今の元の状態に戻っても、それでも、前のような感覚を活かして、やってみれるか試してみよう。

しかし、夏風邪が長引いて、あとはこのタンがなんとかなれば復帰しそう。
まさかのエアコンの猛威である。

いやらしいことに、地方にも素晴らしい人もいるが、東京にはたまに、?!???!!??ってなるアーティストがいる。
本当に勘弁してほしい。(褒めてる)
揺り動かされるし起こされる。

ほんと、もはや実家ごと引っ越してきて、都会の生活に染まってほしい。
そうすれば下手に心配しなくなるのではないか。
ほんと家族ごとひっくり返りそうになるからな。
いやまぁ、さすがに稼ぎなしでやってたら誰でも心配になると思うけど。

だからもっと、前向きな動機を見つけたい。
お金や生活がギリギリだから出るエネルギー、より、
音楽の本来の良さ、芯の強さ、本当の良さ、そういうのを引き出すのに注力する。
そこに全精力を注ぐ。

それなら、間違えないで済むんじゃないか。

と、まぁこんな真面目なこと書くつもりなかったけど、
揺り動かされたな…
一発でぐっ!!と引き戻ったもんな。
景色が走り去るみたいに。

まぁ、あまり気負ってやる気はないんです。
気持ちは高めてしたいだけですし、そこは自己完結して、音楽の形だけで昇華できたらいいのでは?とも思うんです。

ただ、共感してもらったり、こういう考えがあるって知ってもらったりするのなら、意味があるのかなと、思うわけで。

本当にただの麻薬である。ww

ほんと、人参めがけて走ろうって時に横に分厚いサーロインステーキぶらさげないでほしい。