仕事的に生きれる人は、なかなか凄いなぁ、と思う。

僕はこう押して、自分の思う事をつらつらと書いていくことがとても好きだ。

だけど、これが誰かのためになってるかとなると、考えの足しにはなっているかもしれないが、実益として見えにくい。

街でオススメのお店ベスト5だとわかりやすく役に立つわけだが、自分の思うことをつらつらを書くだけっていうのは、

なんともつかみどころとして、あまり強いものを感じない。

曲として消化すれば一つの表現手段として確立するってことで、ひたすらに作るプランも考えられるわけだが。

まるで仕事をすること自体が、こういったなんでもない事を考えることの否定に繋がっているようで、なんともむず痒い。

こうしてなんでもない事を書くっていう事がとても面白くて自分に正直でいれる感覚になるのだが、土台普通に生活する中でなかなかそういう場はない。
し、需要があるかという話でもある。

文章をひたすら書いて、自分のメモのように書いていても、読まれないのであれば、それは風で飛んでいく紙切れと同じだ。

そうはいっても、読んでくれている人ももちろんいるわけだが。

ただ最低ラインの生活をする、ってことを叶えるだけでも、やりたいことだけに比重をおいて取り組むことは簡単なことではない。
実現している人ももちろんいるわけだが、実現できていない9割(適当)に該当するわけだが。

自分はなんだかんだで全精力を注げばなんだってできるなんて思っていたが、すぐできるわけでもなければ実現できている人もいる。
という厳然たる事実に辟易とする。

最近やけに不思議に思う。

なぜやりたい、と思った事が、すぐに実現しないのか。

そりゃあ、準備期間だって必要だろう。

今でこそイメージしたものが3Dプリンタでできる、とかワトソンに質問したら膨大なデータが必要な回答を瞬時に出せる、などあるが、
もっと1個人の充実や人生の楽しみを引き出す、という事に関しては、まだどうにも弱さを持っている。

だったらばどんな人の人生なら幸せと言えるのか?という話にも繋がってくる。

こういった不毛な考えには哲学が聞くわけだが、僕はダイレクトに受け取ってしまうのと、自己都合で解釈してあとで痛い目を見るのが
よくある事なので、今はあえて触れていない。

こんななんでもない文章も、一つまだとりとめのある体裁にして書いて第1回から第5回などに分けて、
「不完全な僕らに対する回答」のように、「ずっと未完成な僕へ送る手紙」とでも書いてみようか。

書いて読み返したらボロボロと泣いてしまいそうだ。

今になって、14歳くらいの頃を思い出し、何か心にもやもやしたものがあって、何か叫びたくなるよねって友達と話して、
とても共感される場面があって。
大概は喧騒の中で消え去って考える間もなく何かで埋まったり埋めたりするのだけど、何か消してはいけないもののようになってて。
もし60歳くらいになった僕がなんて思うだろうか。と思う。

僕はそんな葛藤が18歳くらいからこびりついて離れなくて。
それを10年経った28歳の今でも持っている。
輪郭は前よりはっきりしてるんだけど、でも、まだ醸成はしきれないでいるもやもやを、ずっと抱えている。

それは音楽で表現しきれていないこと、自分の生活が希望したものではないこと、今ある地盤だけを頼りに生きていること、
元から生まれた環境でトレードオフでどうにもならないこと、が今引っかかることとして上がる。

あるものばっかりから選んだ生き方では、これまでの自分からの脱却した生き方はできない。

しかし、いきなりさなぎになって成長もしないまま孵化したらどんなことになるか。

複業なんて言葉もある。また僕の心から充足があるライフスタイルってそもそも何?って話もある。

期待しなければ気苦労もなく生きていける人生だってある。

また、新しい眩しい心踊る、楽しい世界を目指していく道もある。

行動を絶やさないことだし、行動指標もあるのだけど、人生レベルでどうにもこうにも、難しいと思うことがある。

方法次第でそんなこと関係なくやっちゃう人もいるわけだし、諦めるためのこととして機能させるのは御門違いなのだけれど、
自分の中で、これをやればなんだかんだできちゃうんだろうな、ってことが太刀打ちできなかったので、なかなかビッグなダメージとして蓄積している。

だから、頭の中の制限の枠と取っ払って、自分なりのプランを形成しようと思う。

一つにこだわることは、これ以上は他に可能性がないことを認めているのではないか。
一つにこだわらないことは、これ以上は一つに可能性がないことを認めているのではないか。

なんて思考の体操をしていると、こだわってたことそのものが崩壊して何にこだわればいいかわからなくなってくるw

一朝一夕ではないもどかしさを感じているとともに、ではどうしたらうまくいくのか、なんてことも、根っからは考えられてないと思う。
案はあるけど、ブログを書くようにじわじわ効いてくるもので。

ババンと話題性があったりと、避けているものをバシバシと投入する必要、も感じていて。

やるやらないがこだわりなのか言い訳なのか、長い目で見てこだわりと昇華されることもあるし、
中途半端なら言い訳に成り下がって、貫き通せばこだわりになって。

そんなことを言い出すとただの言葉遊びでしかなくて。

願っていながら、本心では願っているのかもわからなくなって。

それでももやもやしたものを抱えて。

すぐ叶えられないっていうけど、何をしたら叶ったことになるのかの設定もしてないから、ロジカルではなくて。

こういう一人ならではの出てくる考えも、ただの暇つぶしという表現にはめるとそうだとも思うし、何か持っておきたいものをこうしてログとして取っておきたいという気持ちもある。

まとまっている文章とも思ってないし、章立てだってしないで書いてるけど、ただ思っていることをストレートに書いている文章になっている。

こういう文章でお金になるといいのだけどね。b