年代ごとの価値観は異なるもので、いや、広く言えば、接するものによって変わると言えるだろうか。

僕のTwitterのTLには定職につかず、自分で仕事を創出して仕事をしてる人で溢れている。

それは年下が多く、年が近い人、上の人と様々。

強固な絆の問題点

僕の親戚に多いのは、そういう風になれるのは一握りの人という理屈。
なぜそういう風になれるのが自分にも可能性があると考えないのかがさっぱりわからない。

仮に考えるのなら、才能があったとか、何かしらそうならない理由があるのかもしれないが、
もともとから生まれもってそうなっただけで片付ける方がはるかに雑。

また、黙って応援する人と、すぐさま軌道修正という名の自分の思う箱にはめ込んで便宜を図る。
助けてくれと一言も声をあげたわけでもないのに、おせっかいという名の軌道修正をしようとする。

僕もさすがに縁を切るのも気がひけるので、聞いてるうちに自らの方向と違う方向に修正される。
そうはいっても、自分も話を聞いて、その通りにしてるので、自分も結果的にその助けを享受してるわけだ。

決まった後に文句を垂れる、ダサい例の典型だ。

だからといって手を出した人がおkという話ではまったくない。

バランスが突然変わること?

全てをバランス取ることは無理だ。
どこかを変えたら、何かが変わる。

今やあまり身なりや健康にプライオリティをおかないなんて、僕が生きる人生の中で選択するなんてとても思わなかったし、人からお金を借りるなんてことを自分が人生なんてするとも思ってなかったし、キャッシュなんて金銭の調整不足な人がやることだと一生お世話にならないと思っていたけど、東京への上京時には資金が足りなくてキャッシュで対応したり。

思いもよらぬとこで守っていたことがパツッと切れることがある。

まぁ、それも見越して資金をプールしとくべきなんですけどね。

プランの一つとして考えられていたことなので。

徹底した人間関係管理

人間の関係の持ち方に、今の自分の価値観と合わない人とは徹底的に関わらない、というのがある。

止むを得ず、よく関わる人の影響を受けるのは当然。

僕の場合で言えば、情報収集は徹底する方だが、情報の編集が足りない。

それで何が必要か、何が不要か、という点だ。

映画を2時間でどのカットを見せて、原作のどの部分を大胆にカットしてしまうかといったことだ。

徹底してやりたいことをするなら、そこにたくさん時間を使うわけで、人によっては一切の飲みや遊びを断つ人もいる。

それももちろん、そうしてでも得られる結果があると見越してやるわけだが、その絵が見えないままにその場で足踏みしてるだけってのは、本当に苦痛ですよ。

それで勇気や覚悟が足りないという抽象論に集約されることが多い。

勇気や覚悟も、それをするだけのメリットを見出してやるわけで、そこを引き出したり方法論を確立して提供するとこまでが仕事じゃないのか。

これでクレクレ君と言われる方が問題を深化させてると思うが。

志で変わる心理状況

その時に気持ちがどこにあるかで、歌や詩にも変化が起きる。
自分を高次なとこに置いとかないと、すぐに緩んだものができる。

とはいっても、自分の主観でそうなってるように見れるだけで、はたから見たらわからないようなものかもしれない。
が、おそらくプロにはすぐにわかる。

形だけやってるのか、何か意思を持ってやってるかなんて意味では、素人目にも明らか。

経験則から起こる提案

経験則から、人によっていうことは全く違う。
借金してでも本気ならマジでやれっていう人もいる。
お金なくしてまずはやることすらできないって人もいる。

どちらも正しいんだと思う。
でも、どちらしか選べない。

誰にでも実行できる再現性100%の成功方法があるのなら世の中の全員が成功してないとおかしいわけだが、そんな方法があるわけでもない。
しかし成功してる人、してない人の差が現れる。

誰もが成功したくて生きてるわけではないだろうけど、自分の人生に納得はしたいと思う。

納得もしなくていい?

めっちゃ悩みなさそうやな・・・・・・・・・・・・

終わりに本音

スタジオに入るためにもそのお金がないからスタジオに入れないから、お金を稼ぐことにした、と言っても、
練習なら公園でもできるわけだ。暑くてまともにできる気もしないし、途中で声をかけられたら中断することになるから、交流としてはいいのだが、集中したい時の環境には適さないわけだ。

しかしスタジオを借りるのならお金が必要になるわけだ。

今僕のとった手段は仕事をしてお金を稼いで潤沢に資金を作ってスタジオにもたくさん入ってひたすらに曲を放出するプランでいる。
その方が結果的にアウトプット量は増えるし、それくらいの責任と気合いくらいなら持ち合わせている。

しかしお金を稼ぐための仕事にあぐらをかくわけにもいかない。
明らかに緩んでる。
それでお金が入ってて、お金が入ってる分には、まず生活に困るわけでもない。

だから事態が緊急ではなくなる。

猶予のあることと緊急なことなら、緊急な方が急ピッチで対応するわけだ。

僕のギリギリの時のケースで言えば、緊急だからこそ何かしらのアイディアで突破口を出したかもしれないし、
とてもそれをするにも厳しいからまずは立て直しというフェーズ。

僕は後者を選択したわけだが、前者を選択して軌道に乗れば、人生を6ヶ月くらい早く前に進めていたかもしれない。

はっきりいうが、わからない。

選択しなかった人生がどうなってたかなんてわからない。

集約すれば、自分はどうなりたいのかってことなんだが、本音を自分でも言い切れてないのは、
本音を言ったことで起こることに最後まで責任を取れるかわからないと思ってるからだ。

もっと言えば、責任を取れない時のために保険をかけている。

しかし、それこそ自らの気の緩みを誘発することになるのだが。

終わりに2

すでにうまく言ってる人の話をじっくり聞きたいが、自分の腹が決まってなければ、大した話を聞くこともできない。
やるための理由探しの質問か、やらないための理由探しの質問でも、まるで自分が方向を確認するためのようで、その人と話す意味がなくなってしまう。

自分の今までにない価値観を急激にインストールしたので、バグってるわたくしですが、誰に声かけられて治るものでもない。

しかし、うまく言ってる人に実際に話を聞かないことには始まらない。

それなりの紆余曲折はあるはずだし、自分の抱えてる問題を解決するに至るかは別だが、あまりに情報が不足してる。

正直ワンマンで300人とか集めてる人がどんな手品使ってるのかと思ってるくらいだ。

マジで実際にその分野でうまくいってる人の導きが欲しい・・・・・・・・・・・

それ以外の人からポッと出のアドバイスくらいのことをもっともらしく言わないで欲しい・・・・・・・・

成功してから言ってね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・