引っ越しに伴ってお酒がたまってるので棚から外に出してみた。

どう処分したもんか、と思った時に、今日の記事で紹介した1日1食の記事を読んだ。

コルナロさんにならって、ワインを開けてみた。

およそ300ml飲んだ。

程よくアルコールが回ってる。

冷静さも保てつつ、心境を少し暴露するにはもってこいではないか。

単純に、酔った状態で文字を書いたらどうなるのか、って面白そうだと思った。

だから、本音ベースで書くよ。

仕事をしていない

仕事をしていないわけだ。

それはつまり確固たる収入源がないことを意味する。

セオリーでいえば、収入より支出を増やさない、は孫さんの言葉だ。

まだ冷静さを保っているので、収入に関しては、そう、音楽活動のみで収入を得ている状態なわけだが。

支出を下回ってしまえば、月単位だけでみれば赤字だ。

3ヶ月とか長い目でみれば黒になるかもしれないが、
目先で赤字、もしくは黒字、として黒の収入の出処は?ってことになる。

幸い、路上での演奏や投げ銭を元に、目標を設定しているのだが、先月はクリアさせていただいた。

誠にありがたいし、仕事してる時の僕に言ったらぶったまげてやり方でも聞いてくるんじゃないだろうか。

うざったい(死)

方法論じゃなく、もはや人生や生き様のレベルの話なので、実は誰も知らなかったこんな方法があったなんて話では微塵もないということだ。

真面目な話を書くと酒が回る。

自由に動ける

当たり前だが、仕事してると時間制約がかかる。
し、常に誰かと絡んだり話したりする。

それは少なからずとも影響を受ける。

僕としては牢屋に同じ部屋に入った囚人と一緒だ。

ルーレット。

誰と当たるかで自分の思考まで支配されてしまうほどのことだ。

週5でがっちり絡む相手の影響を受けないわけがない。

そもそも、結婚生活みたいに共同生活して影響を受けないわけがない。

暗に選んでるか自ら選んでるかによるが、影響はどうしたって受けるものだ。

だったら、選択したいと思うのは自然な発想だ。

酔いが回って目の前が霞むな。

自分の状況

自分の状況といえば、ハッピーとはいえないが、次の一手を全力で考えられるという意味ではハッピーな立ち位置だと思う。

考えることだけでいえば山ほどある。

今だって引っ越しに伴って家のものをどうするか、だ。

いらないものなら処分や売却だ。

何がいらないものか?

意思決定が必要だ。

意思決定は今後の未来や過去の決別、いろんな相談になる。

どう整理したもんかなんて、いろんな話がある。

乱暴に決めることなんてできない。

むしろ逆。

過去や未来に挨拶して、決めていくことだ。

はたから見たらもどかしいようなことでも、
立派な儀式、今後の行動を左右するほどの決め事のようなものだ。

簡単に捨てた残したという話ではないということだ。

お酒がたくさん

ワインや焼酎など、お酒好きなので家にたくさんある。
すべて持っていくにもそんな気分じゃない。
残った分は捨てるかプレゼントするかと言ったところだ。

もしくはせっかくあるなら毎夜晩酌でもしようかとも思う。

何も四六時中仕事しようってわけでもないんだ。

日中いろんなこと考えて準備して、夜は何も考えずに酒飲んでふらふらしてもいいかな、と思う。

こうしてブログを書くのだってそうだ。

酒が入るとか特殊な状況でもないなら1日に2記事書こうかななんて思わない。

ただ自分の決めた道に確信めいたものがあるのは確かだ。

ただ、その確信めいたものがどうなるかも自分次第、とも感じている。
よく言う、自由に生きるには責任が伴うってやつ。

誰かの感動や喜んだ姿が浮かんで動いたり、本音で自分とどれだけ向き合ったのか、の総量が勝負になるようなもんだ。

いばらの道?

数日、一般的に成功してると言われる人のインタビューをYouTubeで徘徊していた。
「人の成功見てる場合じゃないだろ」、と、「先人の知恵や姿勢を見習え」、という自分との葛藤の上でだ。

そこには金言が散りばめられていた。

僕が昔みたいに利回りのいい仕事をしていた時とは視点が変わっていた。

すべてが自分ごとだ。

そういう見方もあるよね、と思っていたのが、全て自分ごとになって聞こえた。

その場に自分がいるなら、どんな話を展開するだろうか?

そんなことを思う。

簡潔にいうなら、上から目線から同じ目線に立った、と言える。

お金の向き合い方は人を映すようなもので、
お金がいいから、と向き合ってる時と、生き様そのものをお金にする、とした時の見え方は変わっている。

だから、先月音楽活動で稼いだお金は、「ご飯食べてください」、「ビール飲んでください」と言われた分は、
それでいただいたが、あとは使っていない。
あまりに輝いて見えて、ただのお金じゃないんだ。
何に使おうか、真剣に何日も考えてる。
簡単に触れられるお金じゃないんだ。

なぜ敵に見えるのだろうか?

上京したアーティスト、とひとくくりにするのもなんだが、
「みんなが敵に見えた」とは聞くセリフだった。

正直、「そういう時期もあるよな」って受け取ってた。

今は違う。

一本で活動しようと思えば、活動の中で、勧誘というか、お誘いはある。

正直、活動を支えたいと思ってるのか、自分の餌になりそうと思って言ってるのか、で変わってくる。

自分の活動は、「結果的に活動を支えることになる」、とか、そんなレベルで動いているわけではない。
と活動していて思う。

極端に聞こえるようなことかわからないが、その選択で生きるか死ぬか、それくらいの重要事項であり、大切なことなんだ。

1年だって365日しかない。
1日を何をして過ごすのか、そう過ごして次の365日はどうなっているのか。

そんな話だ。

「気持ちは支えようとしてるんだよね」、というフォローで通るくらいの道を歩いてるわけじゃない、ということだ。

それぞれの道

非常に疑問に思うことがある。

どんな道をそれぞれの人が歩んできたのか?

僕でいうなら、長男でそこそこ裕福に生まれたので、お金に関して特段困ったことはなかった。
し、よく親に目にかけられた。

地元の国立大学で実家通い、という、塾に通わせてもらったから、ではないが自分なりの負担をかけない選択もしたつもりだ。

また、成功した人に多い、あくまで傾向だが、家庭が貧しかったケースが多い。
言ってしまえば、止むに止まれずその選択しかなかった、ということだ。

そう言えば元も子もないが。

それを馬力にして、強く生きて夢にまっすぐ進む人、が多いように思う。

変な話だ。

よく気にかけてもらったら自分の芽を出すことができなくて、
そこそこに奔放にやれるなら、自分の道を進むんだ。

厳しい言い方のようだが目にかけるのと束縛するのは違う。

誰かの行動のコントロールなんて土台考えないことだ。

人はそれぞれ自立して生きる。

まかり通るのなんて紐に吊るされてへなへな動いている糸で吊るされたピエロぐらいなもんだ。

ちょっと油断すればそちらに手を伸ばしそうになるもんだがら、いつも冷静に考えてる。

醒めてきた

そろそろ酔いが醒めてきた。

何をするわけでもないが、ゆっくりしたい気分だ。