タイトルの解説はWikiより。

何かを選ぶということは、何かを犠牲にする、ということだ。

犠牲というとオーバーな印象だが、一つを選ぶならそれ以外を選択することができないことを意味する。

では何を選ぶか、もそうだが、何を選ばないか、も重要だと考える。

連絡一つとってもそう

メールやLINEで来る連絡一つもそうだ。
それを読むことで、そちらに頭を使うことになる。

その連絡の間に、重要だと思っていたことを考えたり、やりたいことに時間を割ける。

なので集中したい時は通知を切る、見ないなど、アクションの取り方があるし、
やることと違う場合は断ることも多くなる。(9割断るのではないか)

僕の場合は相手の考えてることとか自分の考えていることをじっくり考えて返信するのと、
悪意があって絡んでるわけではないので、最大限理解と尊重の元やりとりすべきだと考える。

やりたいことだっていっぱいあるけど

世の中、手を出そうと思えば楽しそうなことはたくさん転がっている。
スマホ一つとってもゲームをインストールすれば無料で遊べる。

友人との交流もそうだ。

何かやりたいことといえば、山のように積むことができる。

だがしかし、それを選択することで、選択できないことが当然生まれる。

同じ5分という時間幅で同じことを同時にはできない。
ながらとかではなく、全力を注ぐことができないという意味で。

だからパッと見で良さそうと思って足を突っ込むくらいではまず恩恵はないし、(むしろ逆)
その一本、筋を通して取り組むことが、タフながら強いきっかけになるわけだ。

一つだけ

これは例にならって、エッセンシャル思考という本から着想を得ている。

誰の話を聞けばいいのか、本の内容すら聞くべきことなのか、混乱状態担っていた数日だったが、整理がついてきた。

結局のところ自分の声を聞いて「やる」しかないってこと。

そして誰かの言葉にも助けてもらってるということ。

今はただ「やる」しかないんだって方向で落ち着いてきたので、そこに向かって進んでいく。

と言うより、そこに向かわずにどこに向かうつもりだったんだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・