丁寧な仕事、ってなんだろう?って思った時に、自分が気になったことをすべて対処しているかだと思います。

時々でふわっと頭の中に浮かぶけど、きっちり何かしらの対処をしようとまで駒を進めるか、ということ。

例えばこのように、イラストが一つ入るだけで、頭にイメージが湧いて、何か伝えたいことが絵だけでダイレクトで伝わってくる感覚があります。

文章が長くなった時には特にですが、図が一つあるだけで、どういった内容を書いているかイメージができるので、
読む時のイメージの補助にもなれば、どういった内容を書いているのか?を想像することができます。

また、昨日の記事はけっこうロングになったのですが、途中、「イラスト挟んだ方がいいやつだ・・・」と思いましたが、
「いや、文章力で読んでもらえるだろ」と思い、特に差し込まずに入稿しました。

自分を自己プロデュースするタイミング
(絵を差し込んでみました。)

しかし単純に、差し込んだ方が読みやすいし、自分も文章書いているうちに頭によぎったならつまり気になってるということです。

なので絵を差し込んでみた方が、満足感があります。
一見手間のような手の込んだ作業が、自分でも自信を上乗せする手段となるわけですね。

つまり、積極的に気づいた手の込んだ作業をしていけば、おのずといいものに仕上がってくる、

という寸法。

(寸法違い)

わりと人生は長い

そうですね、YUIファンであれば気付きますね。歌詞ですね。

わりと人生は長い。

つまり、目先のことだけを見れば、入稿を早くしよう、と思ったり、他の作業もあるし、と絵を挟むことは優先度を下げてしまいがちですが、長い目で、ゆくゆくブログが気になって読んでくれる人もいるし、読んでくれる人が読みやすくて何か得るものがあることが一番です。

そうなれば、挿絵くらいバンバン入れるってなもんです。

(しおり挟みました。)

なので、目先のものより、もっと大きく広げていけて満足が行くのは、手をこむことが一番だと思いますね。

手をこむところとこまないところ

自分の自然に気になったところを手をこんでいけば良いと思います。

人生経験の中で、デザインにこだわっている場合じゃないようなこともあればそういう方針の人もいましたが、
時々で必要だと思うことは取り入れる柔軟さをもち合わせるべきだと思います。

究極的には過去の経験ってまったくリセットして考えて良いと思うので、きっちりと手をこんでやるのがベストアプローチだと思います。
そのための手段は積極的に講じていいと思います。

また、もらった意見があれば、それが自分の方針と合うか、混ぜ込めるかを検討して対応するのがいいと思います。

つまり、自らの活動方針を洗練していくことも重要だと思います。

どこまで突き詰めるかのタイミング

手をこむのがいい、のは当たり前として、時々の時間や状態の都合で、完璧にまで仕上げるにはさらに経験と時間も要する、
とした時に、及第点としてどこまでを仕上げて完成させるのか?といった線引きが必要になります。

その時の状態でやれるところまで、かつベストなところまで、という難しめのラインとも取れますが、全部やってしまうメンタリティで入れるのがベスト。

その方がアイディアを日々の生活の中で思いつくから。

全部を突き詰めると折り合いがつかない気もしてくるかもしれないですが、もっと大元の自分のやっていきたいこと、
今後の活動をきっちり突き詰めてみれば、どれを優先して、どれを後の方にするかを考えるきっかけにもなります。
見直しのタイミングを設けて。

つまり大きな目標から小さなやることまで、日々で更新しつつ、よくしていくというルーチンになるということです。