今まで正しいことをしたら褒められるように生きてきました。
褒められるということは、評価が含まれているのですよね。
私にとってあなたは良い、あなたはよくない、が意味として含まれます。
それは個人の自由なのですが、人に認めてもらうかどうか基準だと、
自分で下した決断の信憑性の評価を求めるようになってしまいます。

本来、人って何をしたいのか?って見えてわかってると思うのですよね。
しかし、完全オリジナルのやりたいことって、100人いて1人わかってもらえるか?ってレベルだと思います。
徐々に軌道にのって実績つけばうまくいくんだねって話になるし、
実際問題それを人に話して認めてもらうのかって、相手にとっては過ぎ去っていく話題の一つにすぎないレベルのこともあると思うのですよね。

だから、自分がこれだって思う行動をひたすらに繰り返しやって定着させてみるしかない。

誰かに認めてもらうってことは結果の産物だし、自分がやりたいと思ってやっていることに誰かに認めてもらいたいから、という基準だと
それは相手にもよるし、自分のやりたいことをやってるので楽しんで一番輝いていると思います。

つまりは、認めてもらう基準でやることって「無意味」なのですよね。
誰かがわかってくれてるって安心したいのだけど、一時的な安心でしかなくて、やりたいことをひらすら貫いてやれてきたことに、
自分の価値を感じることができるのだと思います。