その時々の言葉や行動が、相手に作用してるから。
よく「自分がちょっと頑張れば乗り越えられるくらいのことしか起こらない」、とか、
「全ての起こることに意味がある」など言いますが、行動や言葉は連鎖しあって、互いに共鳴してると思います。

それは自分にとって引っ張り上げて欲しい人に会ってたくさん話をして影響を受けることであったり、
誰かの不注意で玉突き事故が起こるようなことであったり。

例えばこんな話があって、夜行バスは格安で乗れるけど、その分運転手は安い賃金での過重労働が強いられる。
その環境が当たり前のまま運用されて、いつか誰かが事故を起こして、ニュースを見て、評論家が議論する。
本来であればその前に手を打つか何かしらの手段を講じるのが良いのだろうけど、そのままだったりする。
安くて便利でそれで叶えられてることもあるのでひとえには言えないが、周りでどんなことが元になってそれが成り立ってるのかってことにちょっと目を向けると、
自分の選択する行動が変わって、例えば夜行バスの必要がないからってバスに乗らなければ、その分採算が合わないから、無茶な運行が減るかもしれない。
そんな単純じゃないだろうが、ちょっと変わってくる何かになるかもしれない、ということだ。
(この例自体はは最近読んだ本の受け売り)

これはマクロな視点で見たときの話だが、ミクロの視点だってある。
会釈をされただけで嬉しい気持ちになったり、ちょっと不機嫌なそぶりが不安にさせてしまったり、そんな細かい、ほぼ無意識化レベルでも、
何かしらの影響を与えている。

それが微弱な影響かもしれないが、確実に広がっていく。

今カフェでこの記事を書いているが、今いるカフェは作業している人がとても多い。
僕がいたり、他に作業している人が多いように、その場にいる、人の雰囲気や感じからも、受ける影響は違ってくる。
作業にも読書、参考書の勉強、パソコンでの作業、様々だ。

ところでスコーンとカフェオレがとても美味しそうに見える。
餃子の王将でたっぷり餃子を食べたから大丈夫だ。

身の回りで起こること全てを最大限に活かしていけば、望む場所に向かえるのではないだろうか。