こんにちは、広末まさゆき(@hiroxtuchi)です。

今、スピッツの「醒めない」というアルバムを聴きながら書いております。

スピッツは、メッセージ性を押し出しているわけでもないけど何か感じることのある叙情性のある表現なので、作業の時のBGMの時はまるでクラシックのようで凄く耳に心地よく、頭への割り込みがなくて作業がしやすいのでオススメです。

「みなと」がすごくいいです。

どうぞバックミュージックに。

こちらのツイートからのスタート。

僕は現状に不満がありながら、どこか外的要因から自分が変わることを期待し、
そして迷惑だけをかけてその場を離れたような気がしています。

今は、自らの選択によってのみ、自分のこれからの人生を規定したいと思っています。

それを私の会社員生活の経験から書いてみようと思います。

もし会社員をしながら抜け殻になっていくことを感じている、そんなあなたへ。

相手を困らせる日々

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わたしは先輩からしたら扱いにくい社員だったでしょう。
何せいうことにはこうではないかと意見を言う輩でしたから。

お客さんからの依頼には全てイエスマンで答える、無茶でもともとこちらの仕事でないようなことまで引き受ける、長年の関係があったようですがここまで奴隷化していて、まるで依頼という名のクレーム対応をしているような日々でした。

そこで私が端を発しては何かにつけて何かいうのもまた、めんどくさかったでしょう。
イエスマンとはいえ、逆に言えばそれを聞いて全てその時々で処理していたのは先輩であり、私は不得手な対処で時間を使っていました。(そう思わせる会社側に本来責任があるのですけどね、本人責任にして労働力に代えているのですから。)

こうしたら真面目に考えてやっているように見えるかもしれませんが、先輩としては聞いてこなす作業をしてる中、エラーを吐き出す僕はめんどくさい以外の何物でもなかったでしょう。(プログラマー的表現)

しかし困るのは若手です。働きにくい環境が提供されていた、というのもまた事実です。

慣習のようにやってなんのためにしてるのか、先輩の自己満とも取れる報告書を書くのは、本当に洗脳教育には打ってつけだったのでしょう。そのまま働いていく人はそれで染まっていくのかもしれません。
なんにせよ、私としてはお断りだったのです。

降りてきた転勤辞令

期の変わり目で、その現場で2年働いたタイミングで転勤辞令が降りました。

他にも辞令が降りた人、他の人も対象に上がったけど契約金の都合などがあったことがあり、
私の名前が上がったとのことでした。

どこまで事実なのか・・・と勘ぐろうとするところで、被害者側に立とうとしていた自分の思考が垣間見えるし、
現状に満足していなかったことがわかります。

結果として、転勤切符を入手した僕は、退職切符として返却したのでした。

しかし冷静に振り返ってみると、
9割ただ私の内面で起こっていただけの取り越し苦労、杞憂ではなかったのではないかとも思うし、
そこに頭を使う時間でもっと誰かに有意義なことができたのではないか、とも思うし、
もっと有益なことに時間を使っていった方が良かったのでは?と思います。

残った人の誰かが変わりに転勤になるのかわかりませんが、それが今よくある会社の習わしのようなものなので、責任はあまり感じませんでした。少なくとも何か言われるようなことではない。

そして晴れて東京に単身やってきました。



唯一の心残り

唯一、心残りがあります。
それは、僕は「自らの意思」で望んでいない場所を離れることができなかった。

3つのシステムの保守を僕一人の担当で回していたので、僕が突如抜けたら崩壊するのではないか、と思っていました。

しかし色んなことを気遣ってくれる人の中には、やらなければ回らないほどの環境になっていて申し訳ないと言葉をかけてくれる方もいました。

言葉をお借りして、本来担当者の責任ではなく、調整役、つまりマネージャの責任で考えることなのですね。
(現場の作業員が回してくれればマネージャーはそこに気を使わなくて「楽」なだけです。)

今思えば本当によくやっていたな、と思いますし、それぞれ並行して作業するのは骨が折れました。入った当初はどれが何でと混乱することも多かった。

だから、僕が抜けてしまった時の影響は大変ではないか。なんて考えていましたし、
同じ環境に放り込まれたら、同じような悩みに苛まれてしまうのではないか、とも思います。

それに大手の閉じた環境で働いていたので、誰かが辞める、なんて話もまず聞かないような環境でした。
えらく突飛な行動のように思えたのです。

結果として退職の運びとなり、1ヶ月ほどのスパンで引き継ぎ資料をゴリゴリ作成し、引き継ぐに至りました。
ちょうど僕とトレードして新人が入る、ということだったので、言いやすさもありました。僕の都合ではなく、元々会社の都合で抜けること自体の話は出ていたのですから。

しかし、今後の人生の中で、「自らの意思」で、何か物事を決めていかないといけない、と思いますし、今後の人生でそれを迫らせるタイミングもあるだろうし、言うなれば人生はいつだってそういうタイミングを迫られていて、安住した時点で停滞なのだ、と思います。

つまり、つまらない人生になる、ということです。

僕は今回のことは端からは挑戦的なことに見えたとしても、当然の帰結であり、もっと自分の本心で信じていない過信の紐を解いて、本心のままの行動をとっていくことを日々意識しています。(まだ足りない)

つまり見栄や世間体や親に言われてきたことや身近な人に良心でかけてもらった言葉をもとに生きていたことを自らの意思のままの言葉に塗り替える行為です。

この記事を書いて

赤裸々に書いてみました。

さすがに私も会社員をしていたら本名でやってるのもあるのでこの文章見られたらやばいんじゃね?と思いますが、フリーランスなのでそういう身の上でもありません。

それに、仮に当時の先輩がこの記事を読んだとしたら、行動から納得できるところもあって、かえっていいのではないか、と思います。

改めて書き出してみると、自分とは望んでいないことをしている、どこかギスギスした感じの文章になったので、自分の人生を見つめ直す機会にもなりましたね。望んでいない環境に自分の身を置くことはお互いにとって不幸ということです。

読んでくれたあなたにとっても、こういう視点はなかったな、と新たな視点の一つになると幸いです。

終わりに

当時の働き方を冷静に振り返ってみると、私からも言いたいこともあるのだな、と思いました。
単純に自らの不満をぶつけているだけではなく、お互いの思惑の中であったので、僕だけが責任を感じることでもないし、考えること自体、未来の考えの参考にするしかありませんね。

自分らしい消化の仕方を追求することが肝要ですね。