自分の意思は自分にしかわかりません。イエスと答えるか、ノーと答えるか。その葛藤は自分の中でしか行われないので、外から見てもわからない。

だからこうしたいと伝えることが必要です。

助け合いとがんじがらめは違うように、互いにフォローするような関係性。しかし、お互いのだらけたところを時々でフォローではなく、第一にそれぞれが目指す方向性の中で互いに混ぜ合わせられる僥倖に向かっていく。それが健全で楽しい世界に行けるための方法です。

目指していく世界

わたしたちは、意識的にしろ無意識的にしろ、何かしらの目的を果たすために常々選択して行動しています。その行動が仮に誰かの助けによって達成したいとしましょう。その人にとってもその技術は使いたくて、ぜひ協力をしたくなるような状態。それで、自分のやりたいことも最大限にいい形で叶えられていく。そんな関係性を気付いていくのが、最高の関係性。

手段が目的になる危険性

何か目的を達成しようとした時に、したかったことが目的になってしまうのは避けるべきです。ハードスケジュールを組んで中身が楽しめないなどすると、全く別のものになってしまいます。  行って楽しむことが目的なのに、行くことが目的になっている。何か好きだったことが、いつからか形骸化して楽しくなくて泥沼になって行く。そうではなくて、元々は楽しくやる、ことが前提です。その関係性を築けない場合には、潔く他に行くのが、互いのためでもあるのです。

なぜ短絡的に結果を求めてしまうのか

何かを始めたとしたら、まずは目に見える結果が欲しくなるものです。中々すぐに手に入らなかったり、不安になってきたり。その時は計画が無理難題の可能性があります。もし具体的なアクション、もしくは数値レベルで計画がない、もしくは現状と乖離してる場合には、見直して現実的な線から現実に反映していきましょう。
なぜそれをするのか

やはり生まれてきたからには、やりたいことをやるべきです。

やりたいことをやるのが人生

また、なぜそれをするのかを、高尚な解釈でいれるようにしましょう。100万の自由なお金があってもしたい、ということです。